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視力が低いことによって諦めた僕の夢



視力が低いことによって諦めた僕の夢
僕の家は代々視力が低い家系らしく、僕を含め家族全員が視力0.1未満です。

小さい頃は全く問題なかったのですが、小学3年の頃から急激に目が悪くなり、小4の頃にはメガネが手放せない状態になっていました。

以降、18年間もメガネと共に人生を歩んできたわけですが、視力が低いが故の悩みもありました。

今回はその中でも最も深刻だった悩みについてお話します。

それはズバリ、スポーツに関する悩みです。

メガネをかけてのスポーツ

小さい頃から体を動かすのが大好きだったのですが、視力低下によりメガネを掛けるようになってからは、僕自身の負けず嫌いな性格も災いしてか、年に1回以上のペースで、体育の授業や休み時間に行われるサッカーやバスケでメガネを壊していました。

単にメガネが壊れるだけならまだ良いのですが(金銭的には大問題だが・・)、メガネが割れて流血するなんてこともしばしばありました。

また、水泳の時間はメガネを掛けて泳ぐわけにもいかず、数メートル先も見えない状態で泳ぐ羽目に。

その結果、隣のレーンに侵入したり、前を泳いでいる同級生にぶつかったりすることもしょっちゅうで、同級生にからかわれたものです。

こうした苦い経験のトラウマなのか、高校卒業後は1度たりとも海やプールに遊びには行っていません。(単に友達がいないというわけではなく、誘われても断っているのです。)

コンタクトレンズも試したが・・・

こんな状況を何とか改善したくて、コンタクトレンズを試したりもしましたが、体質的にコンタクトに馴染めず即断念。

結局、小1から続けていた地元のサッカークラブを辞めざるを得ませんでした。

こうして「三浦和良選手のようなサッカー選手になる!」という将来の夢は、あっけなく終了したのです。

これ以降、中学で部活を選ぶ際、ボディーコンタクトの無いテニス部に入ったり、体育の授業でサッカーやバスケをする時も極力接触プレイを避けたりと、昔のようにスポーツを楽しめなくなっていました。

そのせいか、高校では部活にすら入らず、体育の授業もサボるように。唯一の運動は、昼休みや放課後に中庭で行う軽めのサッカーやバスケだけという、スポーツマンから最もかけ離れた人種になっていくのでした。

サッカークラブを中退してから、早17年。世界を舞台に同年代の選手が活躍しているのを見ると、「ひょっとしたら画面の向こうのピッチに立っていたのは、僕だったのかもしれない」などとバカなことを妄想しながら、もう1人の自分(?)でもある彼らに声援を送っています。

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